10 日々平安

3 ほとんど何もわからない
2009年7月24日 金曜日
彼女は美しくて明るい人だった。バイクに乗る男友達が連れてきたので、私たちは午後7時から10時までを一緒に過ごした。
彼女が楽しそうに笑うとき、薄暗い飲み屋はいつもより数段明るくなった。彼女が、まるで歌うように表情豊かに話すので、私もいつもより明るく振る舞えた。
でも、途中でつまずいてしまった。

「私もバイクの免許取ろうかな。」
彼女がそう言った時、すぐに男が、
「お前にはバイクは無理だよ。」
と答えたから。
彼女が頷いて笑ったので思わず私は言う。

「バイクなんて誰でも乗ってるよ。」
それが意図していたより強い口調になってしまい自分に驚いた。そしてすぐに、子供のような言い方をしたことが恥ずかしくなった。
それでも二人は全く気にとめていないようで、明るく楽しい会話が続いていった。

・・「お前にはバイクは無理だよ。」その優しくさとすように発せられた言葉だけが宙を舞っていた。
私は内心怒っている。

人には得手不得手が確かにあるけれど、彼女がバイクに乗りたいと思うなら、乗れないものではない。
そんなことを言うのは、ただ自分が乗って欲しくないだけでしょう。
彼女が自立して、自分の目の届かないところに行ってしまうのが怖いんでしょう(それは、さながら親が自分の子供に初めて自転車を買い与えるときの心境を思わせた。)。
もし、バイクは危ないからという理由なら、あなたもバイクを降りなさい。

ここまで赤いノートに一息で書きつけて、ペンを置く。
私は煙草に火をつける。書きすぎた。もう自分が面倒だ。そう思い、じきにまた、ペンをとる。
彼女は、他人が自分に対して少しでも権利があると思っているのだろうか。
やってもみないうちから諦めるなんて。自分の感性に正直であるべきなのに。
いや、違うか。彼の嫌がることは自分も嫌だってことか。
よく分からない。

昔から、自分の希望や欲のために他人の可能性を狭める言葉が好きじゃなかった。
怖くても、不安でも、寂しくても、自分の生きたいとおりに人生を生きたいと思っていたから。
誰がなんと言おうと関係ないと。
でも、そういうことじゃないのかな。
たぶん、「自分の生き方は自分で決める」と考えることはいいことでしょ。
でも、それはきっと、「自分のことはすべて自分で決めていい」ってことにはならないのかもしれない。
あたりまえか。そういうことがすごく難しい。
とりあえず分かるのは、100パーセント自分が正しいと思っても、30パーセントは疑うべきだということ。
それ以外はほとんど何もわからない。
私はきっと疲れている。また明日考えよう。


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