3 見えなものにしばられたくない

FJR1300

 どこの世界にもつまらない階級意識や劣等感、優越感といったものがある。
オートバイに乗る人にもこういった目に見えないものにしばられている人がいる。
排気量が大きければすごいとかかっこいいとかいう階級意識と、排気量の大きなバイクの所有者が小型・中型バイクを馬鹿にするといったことがそれである。それぞれのオートバイに異なる魅力があるはずなのに、ただの排気量勝負になっている面が日常的に感じられる。それは決して気持の良いものではない。
私は物質的な豊かさよりも精神的な豊かさを重視すべきだと思う。

かく言う私は人一倍の虚栄心と劣等感から、リッターバイクを所有していた時期がある。二十歳になってすぐ、ヤマハのFJR1300を買ったのだ。

当時の私はとにかく大きなバイクに乗りたかった。女だからってここまでしか出来ないなどと誰かに勝手に限界を決めてほしくないという意地があった。それに日本一周の夢も大きなバイクなら簡単に叶えられると、なぜか思った。そして何よりも私には見栄があった。それまで乗っていた250ccのアメリカンに機械的な物足りなさを感じたわけではなく、大型バイクを所有している人に対して何やら劣等感なるものを抱き、それが物質的な欲求へと動いただけだろう。自分の体よりずっと大きなバイクで走っていくかっこいい女性に憧れ、嫉妬していた。

 私はあまりにも無知だった。オートバイを選ぶ基準に足つきの良さや車体の重さなどを考えたこともなかった。車体が大きくて重たいと取り回しが大変だという容易に想像できることすらまったく知らず、目にする情報はすべて自分の都合の良いように解釈した。不安がなかったわけではないが、とにかくやってみるしかないと思った。やってみれば人間何とかなるものだし、すべては私の経験になるだろう。どんな不安よりも欲が勝り、私には欲しいものをあきらめる理由など一つも見当たらなかったのである。


 そうしてFJR1300を手に入れてデセオと名づけ、一緒に旅をしながら私は少しずつ変わっていった。結果から言うと4か月で8千キロ走った後は全く乗らなくなり、結局1年で手放すことになるのだ。初めから自分があらゆるものにとらわれていることを非常に強く感じてはいたが、私は成行きに任せていた。デセオのことが好きで自分のことがもっと大好きだったから。

 私はいつもひとりで旅をした。デセオと一緒に湖へ行き、海を見て走り、山を走った。友達なんてどっちみちいなかったけど一人でいることは私の気質に合っていてたまらなく楽しかった。
乗り始めたころはあまりに幸せですごくはしゃいでいた。正直いつも不安はあったが、今までと違った景色が見えて「自由」を感じることができた。時として大型バイクは乗る人に高圧的に振舞うが、私はそのパワーや加速力を頼もしく感じた。デセオと走っているときに目にうつった光景、あの恍惚とした感覚を今でもはっきり思い出す事ができる。風が本当に気持ちよかった。それに走っているときは自分が憧れていたかっこいい女性になれているように思えた。体格も技術も合わず、オートバイのことがよく分らない私には明らかにもったいない高価なマシンだったけどとても魅力的だった。

私は休みのたびに日帰りや泊まりでツーリングに出かけ、ライディングスクールに通うこともあった。
その道中、デセオをとめて休憩している時も気分が良かった。私を見て物珍しそうに近づいてきた人に「こんな大きいバイク乗れるなんて大したもんだ」と驚いたり感心されることは、一時私の自尊心を満たしてくれた。デセオと寒立馬
それから旅先で出会うライダーにもよく話しかけられ、同じライダーだと認められたようで心地よかった。妙な仲間意識が芽生えて、私はいつも一人だったが孤独ではなかった。

 けれど低速走行の時はいつも細心の注意を払わなければならなかった。
出来れば一度もデセオから降りずに走り続けていたいほど、止まる時は緊張した。私は何度も立ちゴケした。車高を下げてシートのアンコ抜きもしていたから両足でもつま先はついたけど、少しでも傾けてしまうと重くてなんともならなかった。転ぶたびに落ち込んで二度と同じ失敗は繰り返すまいと誓うが、考えられる以上の多様なシュチュエーションでとにかく立ちゴケした。そんな時は近くにいた人を連れてきて起こしてもらった。
私は絶えず人に迷惑をかけながら旅を続けたのである。オートバイを倒しても助けてくれる人が偶然近くにいたことや、カーブで対向車線にはみだしても車が来ていなかったことは全て運が良かったとしか言いようがない。
それから当然取り回しにも苦労した。よたよたとデセオを押す私はさぞかしかっこ悪かったことだろう。出来るだけ取回ししなくて済むような場所に停車しようとすると、技術が足りずにまた立ちゴケする。もう涙が出そうな気持になる。そうして少しでも危険なにおいのする場所には停車しないようにすると、ほとんど止まれない。私はいつからかとまらない旅をするようになった。

 5千キロ位走ったころからか、みっともない自分に気づかないふりをすることができなくなった。行きたい所に行けず、自分が全然「自由」でないことを知っていた。でもせっかく買ったのだから乗らなければという義務感と、頑張れば乗りこなせるようになるはずだという意地があって東北への十日間のツーリングにでた。これは結果的にデセオとの最後の旅になる。
東北では楽しい時間も確かにあったが有形無形のあらゆるストレスにさらされている時間が長すぎた。私は目にするものすべてに苛立ち、そして自分に苛立っていた。物質で得られる優越感に寄りかかり、大きなオートバイにこだわるつまらない階級意識や劣等感にしばられた自分がいよいよ恥ずかしくなったのだ。虚栄心はどんどん自己嫌悪に変わり、私とデセオが誰にも見えなくなってほしかった。オートバイから降りるたびに話しかけてくる土地の人や旅行者にもうんざりで、私の自尊心を満たしていた言葉は単なる女性差別的な発言にすら聞こえるようになった。

 そして東北から帰ってくると、デセオはガレージの置物になった。

デセオのことが大好きだったはずなのにどこかへ出かけることが億劫になり怖くなった。乗ってあげられなくなったデセオには申し訳なく思い、悔しくて悲しかったが七ヶ月後にはようやくデセオを手放した。私がしばられていた階級意識や、心の奥底の劣等感から自由になるために。

 デセオ見栄を張って大型バイクなんて乗らなければよかったと後悔しているのではない。今まで見えなかったものが少しは見えるようになったし、私はデセオから多くのことを学んだ。デセオは私を成長させてくれた。
それから排気量の大きいバイクを否定しているわけでは決してない。大型バイクを乗りこなす女性をかっこいいと思う気持ちは今も変わっていないのだ。ただ自分がそのかっこよさを履き違えていたことを知ったというだけの話。あらゆるものにとらわれずに純粋にオートバイを楽しんでいる人に憧れていたのであって、それは排気量や見た目の大きさにこだわり物質的な欲求を満たすことなんかではなかった。

うらやましいことがあれば挑戦するべきだし欲しいものがあれば自分で手に入れなければならない。でも他人と比べたり競ったり同化するためにオートバイに乗るのではない。自慢するためでもない。自分が楽しむために、自分らしくいられるために乗るのだ。
私はもう見えないものにしばられていたくなんかない。自由であり続けながらオートバイと接していきたい。

(2007年5月 筆)


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バイクにまつわるエッセイ集

オートバイと一人旅
2自分自身でありたい
3見えないものにしばられたくない
4日本一周という目標
5乗り始めた理由
乗らない日々の罪悪感
八丈島へ
風の香る場所
拝啓オートバイ様
10日々平安

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