9拝啓オートバイ様

 緑色の南風がさわがしく通り過ぎ、すっかり春になりました。でもそんな季節のうつろいには、私はまったくうわの空で、あなたのことでいっぱいです。
 北海道での出来事からもう半年になりますね。あなたを失ってつくづく思い知らされるのは、私がこんなにもつまらなく、ひとりぼっちだということです。晴れの日も雨の日もなく、風を感じて時を知ることもない。何をしていても、事象そのものへ飛び込んでいくこととはほど遠く、余計な荷物を持ちすぎた時などつくづくばからしい感じがして、そのたびにあなたに会いたいと思ってしまいます。

 それはそうと、これから書くことは全然自分勝手な内容です。自分のことばかり書く手紙というのは、礼儀を知らない退屈なものですが、私としてはあなたに会いに行かなくなった理由を、「嫌いになったから」とか「怖かったから」とかそんなふうに簡単に解釈されるのはたまらない思いがするし、それってあなたにも悪いと思います。
 だから、そもそも人間なんてものは自分にしか興味がないのだと理解して、どうかおしまいまで読んでくださいね。

 半年前、北海道で車と衝突し、東京に戻って入院することになったイキサツはあなたがよくご存じです。車を運転していたおじいさんの一瞬の判断は、本当に危険でした。そのために、まっすぐ続いていたはずの私たちの道はとざされたのです。その行き止まりの場面は、細部まで暗記しようと眺め続けた一枚の絵のように今でも思い出してしまいます。でも、幸いなことに、こうして元通り筆をとっていられるのですから、突然ふりかかった人生の理不尽さにも納得しているわけです。
 それから、手術によって傷も残りましたが、そのことも私にとって問題にはなりません。自分の意志でもってあなたと一緒にいたのです。この程度は覚悟のうえのこと、何ということはありません。だから病室のベッドにいても、私たちの友情がずっと続くものだと信じて疑うことはありませんでした。

 でも、今は、会いたくありません。私に必要なのは「ささやかな挫折」なのです。
  二十歳になったばかりの春の朝、雨にぬれた森の幻想的な美しさに出会ったのを覚えていますか。そのころ深く沈みこんでいた私は、こんなに自然が美しいのに、自分だけが悲しい顔をしていてはいけないと思ったものです。でもそんな顔を人にさせたのは私でした。宅配便で届いたヘルメットの傷や、手術後の私の姿を見た人たちは、みな同じように眉を下げていました。私はその悲しい眉の形を忘れてはいけないのです。

 それから、病院での退屈な生活にも慣れてきたある日の午後の話を聞いてください。それは、今日一日が無駄に終わることが分かるほど退屈な午後のことで、私はあなたと訪れた九州の旅を思い出していました。そのとき心によみがえったのは、子供のようにはしゃいだ阿蘇山でもなく、孤独を感じた桜島の雨の冷たさでもありません。道中に読んでいた、セルバンテスの一篇の物語です。それは「愚かな物好きの話」といって、アンセルモが親友のロターリオに、自分の妻を誘惑してくれるよう頼むことから始まる話でした。友情をぬいては私たちと無関係な話のようですが、ロターリオが無分別なアンセルモに、確かこんなことを言う場面があったのです。

「君が危険を冒してまで得ようとしているものはごくちっぽけなものなのに、失うものは大きいんだということに注意したまえ。」

 まったく言葉というのは、受け取る側に準備が整っていないと、風に吹かれた塵のように過ぎ去っていくのに、聞こうとしている者には逃れられない岩のように重くのしかかってくるものですね。私はここにきて、この言葉の意味を初めて理解したので、自分がいかにも軽率であさはかであったかを後悔することになりました。失うものなど見向きもせず、早くあなたに会いたいと口にだしてばかりいたのですから。

 もちろん、私が得ようとしているものがごくちっぽけだと言いたいのではありません。そんなこと今でも思いません。でもね、人の痛みに鈍感に走ってきてしまったので、失うものは大きくなっていたのです。そのことは、自分がクモになることへの恐怖を連れてきました。残した人を悲しい色の糸でしばりつけて、身動きできなくさせてしまう。糸をいつまでもこんがらせてしまう。あなたといるとその時がすぐそこまで来ているように思えたのです。

 退院して、少しずつ身体が自由に戻るのと同時に、あなたを否定する気持ちが自分の中で育っていくことは、あまりうれしい発見ではありませんでした。あなたを愛しているし、失いたくないから。あなたのいない日々を想像すると、それは絶対的な欠乏に思えて、こんなに寂しいことはありません。
 でも一方では、変化に対して怠惰なだけにも思えました。人生を惰性で生きようとすることは軽蔑に値すると思いませんか。退院の日、同じ病室の女性が「愛してくれる人を大切にしてね。でも後悔はしちゃいけないよ。」と言って泣いてくれたけど、それは何を選べということだったのでしょうか。
 くだんの「愚かな物好きの話」は、登場人物が分別を失い短慮性急に動いたために、悲劇的な結末をむかえます。私はそうなりたくない。すべて自発的なものであるからこそ、最後に自分の非を認めながら破滅していくアンセルモにならぬよう、じっくり腰を据えて毎日あなたのことを考えました。
 
 そして、大事に育てていたシュスランが白い花をつけたころ、ようやく錯綜した迷宮から抜け出すことができました。私を愛してくれる人の気持ちをかき乱すことなく、あなたを私の中に生き続けさせることを決心したのです。
 これはもちろん辛い決断でした。あなたの気配を日に日に感じなくなりつつあることは心苦しいことです。
 でも一方では、なぜだか満足気な希望を抱いてもいます。
私の心にあるのは、静かに水のようにしみいる諦めの気持ちではなく、一種の勇気だからです。
きっと、あなたがくれた前に進むための勇気で、初めてブレーキをかけることができたから、なんだか少し誇らしいのですね。
 ライダーだって大切なことは同じでしょう。外的な状況によってブレーキをかけるべき時があることに思い及ばず、アクセルをあけるだけしか出来ないようでは上手に走れません。
 
 たとえ私の決心が、大きな壁を乗り越えて自分に正直に生きている人たちに笑われたとしても、こちらにはこちらの闘いがあるのです。私は利己的なクモになるのではなく、どんなに小さくても凛としたシュスランになりたかった。いくら理想的であっても、そこが真に自分の望む世界でないなら行きたくなかった。だからこれでいいのです。もし、わかっていただけないなら、お願いだから夢にでてきてくださいね。

 とにかく、私はもう大丈夫。ただただあなたに会いたいと思ってばかりいるのでは、あまりにプライドがなさすぎるので、赤いオープンカーを買って旅をしています。決してあなたのかわりにはならないし、感じる風も同じではないけれど、まぁ悪くありません。
 ただ、覚えておいてください。変わったことは何もないのです。私が自信をもって走ってこられたのは、あなたという最高のパートナーがいてくれたからです。信頼できる旅の仲間と出会えて、私は本当に幸せでした。

 この手紙はまわりの人を悲しませないようにこっそり書いていますので、そろそろ終わりにします。
それでは、また会う日まで、どうかお元気で。

オートバイのない世界より
(2009年4月 筆)



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バイクにまつわるエッセイ集

オートバイと一人旅
2自分自身でありたい
3見えないものにしばられたくない
4日本一周という目標
5乗り始めた理由
乗らない日々の罪悪感
八丈島へ
風の香る場所
拝啓オートバイ様
10日々平安

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